検察の懲戒請求 報道の自由が侵されかねない
取材協力者の萎縮を招きかねない。検察の対応は問題である。
裁判の証拠として開示された取り調べの録画映像をNHKに提供した弁護士について、大阪地検が大阪弁護士会に懲戒請求した。刑事訴訟法が禁じる証拠の目的外使用にあたるとの理由からだ。
この禁止規定は、2004年の法改正で、検察から弁護側への証拠開示の範囲を広げた際に新設された。証拠流出により、証人への威迫や事件関係者のプライバシー侵害が起きるのを防ぐためだ。
公正な司法手続きを担保する上で、必要な規定とは言える。だが、今回のケースにこの規定をあてはめることには疑問がある。
映像には、傷害致死罪に問われた元被告が“自供”した供述調書の内容と矛盾するようなやりとりが記録されていた。無罪判決の根拠の一つとなった。
弁護士が映像を提供したのは、判決が確定した後だった。映像は公開の法廷で既に再生され、傍聴人も目にすることができた。弁護士は提供にあたり、元被告の承諾を得ていたという。
NHKは番組で放映する際、顔をぼかしたり、音声を変えたりするなど、プライバシーに配慮する措置をとっていた。
映像の提供と放映によって、裁判への影響や関係者の名誉侵害が生じたとは考えられない。
弁護士は「検察の取り調べの実態を社会に伝えたかった」と説明している。捜査の在り方を検証するという提供目的には、十分な公益性があると言えよう。
目的外使用の禁止を巡っては、法改正時に、日本弁護士連合会が正当な理由があれば禁止対象から外すよう求めた。日本新聞協会も「取材の制限につながる危惧が大きい」との見解を表明した。
国会でも議論となり、違反が疑われる場合にも、「行為の目的や態様、関係者の名誉侵害の有無などを考慮する」との条文が追加された経緯がある。
大阪地検はこうした観点からの精査を十分行ったのだろうか。
3月には、被害者が写っている実況見分写真などの開示証拠を動画サイトに投稿したとされる男が起訴された。悪質なケースについては厳しく対処すべきだ。
しかし、公益目的の情報提供まで検察が殊更に問題視するのであれば、取材・報道の自由を侵害することにつながろう。
公権力を使って収集した証拠は検察の独占物ではなく、公共財であることも忘れてはならない。