米乱射事件―銃の危険を直視せよ

米国でようやく、銃規制をめぐる議論が動き出した。米コネティカット州の小学校で起きた乱射事件がきっかけだ。

 6〜7歳の子ども20人をふくむ26人が命を失った。銃社会の米国に大きな衝撃を広げた。

 7月にもコロラド州で、70人が死傷する乱射事件があった。米国はいつまでこんな悲劇を繰り返すのか。

 オバマ大統領は、バイデン副大統領に銃規制を含めた再発防止策の取りまとめを指示した。国民を守る指導者として当然だ。むしろ手をつけるのが遅すぎた。

 3億丁の銃が出回っているという米国では、銃規制は権利や思想にからむ複雑な問題だ。

 規制に反対する全米ライフル協会(NRA)は約400万人の会員を抱え、強い政治力を持つ。多くの議員は選挙への影響を恐れ、銃規制に触れることに消極的だ。

 開拓時代からの伝統で、米国では個人が銃を持つ権利を憲法で認めている。銃に反対する人を弱腰とみる雰囲気すらある。いきなり全廃は難しい。

 一方、今回の事件のような乱射事件では、殺傷力の高い半自動小銃が使われることが多い。軍隊で使われるような銃だ。一般の市民が必要とする理由は見いだせない。手始めにこうした銃を規制すべきだ。

 かつては半自動小銃の一部や大型の弾倉の所有、売買を禁じる法律があった。クリントン政権時代の94年に成立したが、反対も強く、04年に失効した。

 今回の事件を受けて、民主党上院議員が同様の法案を提出する考えを示している。議会は真剣に検討する必要がある。

 ライフル協会を支持してきた議員からも規制強化を求める声が出始めた。子や隣人の命を重視する方向に転ずるときだ。

 「意味のある貢献」を予告したライフル協会は21日に記者会見した。だがその主張は、すべての学校に武装警官の配備を求めるもので、規制強化に真っ向から反対するものだった。「銃を持った悪者を止められるのは、銃を持った善人しかいない」との理屈だ。

 自衛のために銃が必要という意見が米国では根強い。

 本当に、それでいいのか。

 だれも銃を持っていなければ身を守るのに銃は必要ない。

 日本がいい手本だ。米国では銃で殺された人は人口10万人当たり3.2人だが、日本では0.006人だ。

 銃なしで安心できる社会を米国はつくるべきだ。問題の本質はそこにある。