グローバルスポーツ軍拡競争(Global Sporting Arms Race)

 ロンドン・オリンピックでは、各国がメダル獲得のためにしのぎを削り、多額の国家予算をエリートスポーツにつぎ込んでいる現象は,超大国間の軍備拡張競争になぞらえ「グローバルスポーツ軍拡競争(Global Sporting Arms Race)」と呼ばれている。

 世界15カ国のスポーツ政策研究者が参加している国際競技力向上政策研究コンソーシアム“Sport Policy factors Leading to International Sporting Success”(SPLISS)では、今やGDPや人口といったマクロレベルの要因とメダル数とは必ずしも因果関係がなく、メゾレベルであるスポーツ政策の相違がメダル獲得に影響するとしている。

 それでは、どのようなスポーツ政策がメダル数に影響するのであろうか。SPLISSでは「財政支援」、「スポーツ政策の組織体制と構成」、「スポーツ参加」、「タレント発掘・育成システム」、「競技およびポストキャリアサポート」、「トレーニング施設」、「コーチの確保・養成」、「国際・国内競技大会」、「医・科学研究」の9分野を挙げている。これらを国別に比較することで、各国の強みと弱みを相対評価ができる。わが国では、どうやら「ポストキャリアサポート」に問題がありそうである。引退後のキャリア形成については諸外国でも共通の問題となっているが、強豪国では、韓国は年金制度を、イギリスやフランスはデュアルキャリア支援を行っている。わが国でも文部科学省が引退後のアスリートを対象とした「キャリア大学院プログラム」の創設や地域でのスポーツ指導に向けた「拠点クラブ整備」などに着手し始めた。

 さらに、アンケート結果からは、「医・科学研究」とスポーツ現場との結びつきに問題があると感じている割合が高かった。世界の強豪国では、1970年代よりスポーツ科学にもとづくナショナルレベルの強化策を展開してきている。具体的には「トレーニング施設」としてナショナル・トレーニングセンターやオリンピックセンターを整備し、メディカルチェック、体力測定・評価、動作分析、メンタルトレーニング、栄養管理などを総合的かつ集中的なプログラムを、エリート・アスリートを対象に提供してきている。

 強豪国に遅れはとるものの、わが国でも2001年に「国立スポーツ科学センター(JISS)」(東京都北区)を整備し、医学、生理学、心理学、バイオメカニクスなどをもとに、アスリートを総合的に診断・評価する「トータル・スポーツ・クリニック」を展開してきている。JISSには高地トレーニングを模した低酸素宿泊室や低酸素トレーニング室も整備されており、2004年アテネオリンピックで獲得した16個の金メダルにも少なからず影響したと考えられている。また、2007年にはJISSに隣接して「ナショナル・トレーニングセンター(NTC)」を整備し、日本代表チームの強化合宿の拠点としている。これまで、代表チームであっても強化合宿を優先的に行えるスポーツ施設はなく、公共施設を転々としてきた経緯がある。NTCができたお陰で、年間を通じて計画的に強化合宿を行うことが可能となった。

 さらに、2010年には、文部科学省はチーム「ニッポン」マルチサポート事業を立ち上げ、オリンピックに向けて、メダル獲得の可能性が高い競技種目(ターゲット競技)を抽出し、重点的に支援することを決めた。その競技種目とは19競技24種目(※表1)である。このマルチサポート事業では、指定された競技者一人ひとりにあった用具・用品の研究開発、日本人が弱いとされている体幹のトレーニング機器の開発などを行うとともに、競技の映像分析や競技者の体力測定など監督・コーチからの様々な要望に応えるようにしている。



チーム「ニッポン」マルチサポート事業 重点支援競技種目(19競技24種目)



夏季

陸上競技、水泳(競泳、シンクロ)、体操競技(体操、新体操、トランポリン)、レスリング、セーリング、自転車、フェンシング、柔道、カヌー、トライアスロン、卓球、射撃(ライフル射撃)、サッカー、バレーボール、テニス、アーチェリー、バドミントン



冬季

スケート(スピード、フィギュア)、スキー(ジャンプ・ノルディック複合



表1


 なかでも、広州アジア大会でのトライアルを経て、ロンドン・オリンピックにおいて初めてお目見えするのが、選手村外のサポート拠点「マルチサポート・ハウス」である。このハウスは、オリンピック会場に近接し、選手村から徒歩10分の場所に設置される。日本人競技者やコーチたちは、自由に訪れることができ、リカバリーミール、高気圧カプセル、交代浴プール、マッサージ、筋力トレーニング、心理相談などのサービスを受けることができる。ハウスはJISSとも情報ネットワークを結び、希望すれば試合の映像分析や対戦相手の情報なども得ることができる。つまり、オリンピック会場にいながら、JISSやNTCで受けていたようなスポーツ医・科学・情報サポートを、競技会に向けた直前の準備のために選択・活用することができる。このような選手村外のサポート拠点はアメリカがシドニー・オリンピックより導入し、現在はオーストラリア、イギリス、シンガポールなどが設置している。

 このようにグローバルスポーツ軍拡競争を勝ち抜くために、各国は国家の威信をかけて政策競争を繰り広げているのである。


間野 義之(まの・よしゆき)/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

1963年横浜市生まれ。1991年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。博士(スポーツ科学)。株式会社三菱総合研究所勤務の後、2002年早稲田大学人間科学部助教授、スポーツ科学助教授を経て2009年よりスポーツ科学学術院教授。日本アスリート会議代表理事Vリーグ機構理事、日本バスケットボールリーク機構理事など、スポーツ組織の役員・アドバイザーなどを多数務める。著書に『公共スポーツ施設のマネジメント』、共著に『スポーツの経済学』など。